デイライト

これは自分自身への警告です。

最近、側道から主要道路にでるとき、気が付くと車が近づいていた、ヒヤヒヤするようなことがちょいあったりする。 右見て、左見て、自分では確認しているつもりなのに、あっ車が来ていたと、びっくり・ 幸い事故はないもののこれは気を付けないといけない。     なんだろう?視野が狭くなってきたのかな。。。                          それと車の色との関係もありそうだ。 ネットで調べる限りあまり傾向はないという結論のようだけど、私が認識しにくいと思っているのはシルバーの車。               と、いうのもこの間も、その前も、今日も、気が付くとシルバーの車がすぐ近くいて、はっとした。 シルバーは道路の色となんか同化しているようにみえるのかな?私の場合。

と、いうことできっと同じように感じる(感じない)人がいるだろうからデイライトを設置したい。とくにシルバーの車には。 なければ昼間でも尾灯くらいはつけておきたい。

 

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交響楽団

ヴァイオリンだの、チェロだの、まじめな生の音楽を聴きたくなった。                     会場は、人が沢山いた。なんか気のせいか難しそうな顔の方が多い気がする。                 演奏が始まった。大勢の演奏がピタッと止まり、ヴァイオリンのソロが始まる。                  スゴイ。。。息をのむようとはこのことだ。                                 けれど、あまりにも多くの人が聞き入り皆、会場全体がなにかとても特殊な雰囲気に包まれて、私は、いてもたってもいられなくてホールの外に出てしまった。             会場のフタッフが不思議そうな顔で一瞬、こちらをみて、見ないふりをしている。    ホールの端にあるベンチに腰をかけてゆっくりしてからまた会場に入ろうとしたらこちらからは入れませんと若いスタッフにおこられてしまった。それぁそうだな。 再びあの会場の中に途中から入るのはもう忍びない。。。それになにかここに自分がいること自体が会場にいる全員の方に迷惑をかけているような気がしてならなかった。                      なぜかわからない、何もしていないけれど、これ以上この気持ちをこらえることができないのでそのまま外に出ようとしたら、今度は会場のフタッフの年配の方になにか変な目でジロリとみられた。 何かすごく悪いことをしているような気持ちでいたたまれなかった。もう、この空気はもう耐えられない。 音楽は素適なのに。。。。。                       そう、演奏が始まってから10分程度のことだった。

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柿の種が消えた

マスターおいくつですか?

”わたくし、今年で還暦ですョ”

長い髪を後ろで束ねた肌艶のよいマスターは少し頬を緩まして答えてくれた。

歳よりも若く見える方がいると私は必ずこんな質問をする。

”好きな食べ物ってなんです?”

この年になって食のことは気にするようなって、つい、こんなくだらないありきたりの質問をしてしまう。 体は食べ物で出来ている。同じようにあやかりたいのだ。         ひとつ、ふたつ、そんなきっかけで30分は話が続く。

そんなか、マスターが教えてくれた。

”煎り酒ってご存じですか?、成城石井とかAmazonなど売っていますけど、お酒と梅からできている調味料で、醤油の変わりに使っています。塩分は気を付けてますかね~”

ほうほう、いい話を聞いた。なるほどそれはマネさせてもらうしかないと、忘れないように即座にスマホから自宅パソコンへメールを送っておく。そうしておくのは飲んでいる最中に折角仕入れた情報が記憶のなかでかすれてもいいようにしておくためだ。             案の定、その後は煎り酒のことなどすっかり忘れてマスターのおかげでとても楽しい時間を過ごさしてもらった。

指が写ってますね。これもお酒お酒のせいよ。 グレンジストーンは謎のアイラらしい。              それにしてもこれほどBARに言っても同じ酒を飲んだことがほとんどない。まだまだ奥が深く興味は尽きそうもない、体が元気な限り。。。

そう、そんなこともちょっぴり忘れてしばらくしてから煎り酒を手に入れた。                      それがこれね。

煎り酒は醤油より歴史が古いらしい、塩分控えめでうま味が濃くておさしみとかに最適だとマスターが言っていた。今宵はこいつを試してみよう。                   けれど、おさしみじゃなくて納豆だけどねー。

と、このブログを記述しながらウヰスキーをのみ、柿の種をつまんでいたら服の中につまんだ種が落ちちゃった・

探すこともしないでしばらくして、トイレにいったらコロンと種ひとつと半割れの種とピーナッツの3っつが床に転がった。

 

 

 

 

 

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JAZZと喫茶と一人飲み

そう、あの日はイタミくんに誘われたっけ、高校の頃、朝、ちょっと遅め(と言ってもちゃんと始業前) 周りの皆が遅刻しないよう急ぐ中、イタミくんはその流れに逆行してノタノタと歩いてくる、私を見つけると、彼は手を上げてニコニコしながら、”よう、これからモーニンへいかねーか?” なんというお誘いだろうか、これから授業があろうというのに彼は私を誘って喫茶店へふけこうもというのだ。 私は、そういうフジュンなことはしたことなかったのに、彼の笑顔に誘われて、”そうだね” と二つ返事。。。    それがきっかけでその後同じような事がいくつかあった、まったく悪い友達だ。でも、あのすばらしい笑顔は今でも忘れない。 もし、今でも会社に行く途中に彼が同じように笑顔で”よ~”などど誘ってきたらあのときと同じように会社を休んでしまいそうだ。     彼の言うモーニンは、JAZZ喫茶ではない。いや、もしかしたらそうだったのかも知れないがどちかというと朝からやっているスナックみたいみたいなところで大通りに面した小さなお店でガラガラ声で化粧のどぎついママがやっているお店だ。                  その店は、平日の昼前なのになぜかいつも数人の顔なれた高校生がたむろしていた。     そう、モーニングが350円。 サラダとトーストとコーヒーがつく、ママはいつも渋っていた、モーニングごときでたむろされては儲けがないと。。。 でも、そんなことはお構いなし、なぜならそこでは高校生ながら煙草がぷかぷかと吸えたから。。          モーニングを出すからモーニン。。ママの小言をよそにそういう貴重な場所を皆が放っておくハズもなかった。 でも、モーニンという何にふさわしい正真正銘のJAZZ喫茶が、駅前のくねくねした人通りの少ない店に存在した(今も高崎にはモーニンという店があるがそれとは違う)。そこは、イメージとおりあか抜けた感じなくまあまあディープな感じであった。分厚い木のテーブルが懐かしい。。あ、ここも煙草吸ってても大丈夫だったな。。。タケウチくんが最初に連れてってくれたっけ。                           あ、そうそうサッチモという店もあったな、ここは今はなきポルノ映画館ピカデリーの通りにあるちゃんしたJAZZ喫茶だ。奥には大きなスピーカーがあって真面目なJAZZ喫茶だった。なのに合コン(当時は合コンとは言わなかったけど。。。あれ?なんていったっけ、あ、そうそう、コンパだ。)で使わせてもらって、おしゃべりが盛り上がり、たいそう店員に怒られたのを思いだしたな・・ここは最初イトウ先輩が連れてってくれた場所だ。 なんで連れてってくれたかというとウインナ珈琲を飲んで感動したので後輩の私に自慢したかったからだ。ウインナとは赤いウインナーがのっているかと思いきや、生クリームが珈琲の上にのったとってもオシャレかつ美味しい珈琲だった。ただ、そこへ行った理由もたばこが吸えたからかも、イトウ先輩がウインナ珈琲を飲みながら煙草をくゆらし、先輩らしい講釈をちゃんと聞いていた自分がいじらしい。。。。って、思えば喫茶店の名の通り高校生でもちゃんと煙草をごちうそうになっていた店ばかりだったな、もう35年以上も前のことだ。。。。。           そういう過去の経緯があったからなのか、JAZZを聞くとなんかしっとりくる。昔聞いたことある音楽というものは、特になにがどうのというわけでもないのに、今になってまじまじ聴くとなんともいい感じになるときがある。特に女性ボーカルの声に魅了される。 ただ、昔と違うのはそのお供が今は珈琲ではなく、アルコールになっている。とくにJAZZとウイスキーの愛称はバツグンだ。こんな素敵な組み合わせはない。お隣さんの顔もよくわからないくらいな照明の中、小さなライトのみでテーブルをほんのり灯し、手にするテイスティンググラスをくゆらす時間は、なんと至福なときだろうか。        ただ、昨今のウイスキー盛り上がりのせいでちょっと静かに飲めなくなって あ~と思うことがある、しかし。。。これは自分が若いころJAZZ喫茶だというのにおしゃべりばかりしていた迷惑ものへの仕返しかもしれないな。と思ふのであった。色々とごめんなさい。。。

 

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エリック~

昨日、高崎シネマテークの前でふと、足が止まった。

ERIC CLAPTON 。。。

ほう、そうか、こちらはドキュメンタリーか・                                ならば、どうにしたって観るしかないなと完全に思った。

ボヘミアン~ があんまりにも騒がれてちょっと敬遠していたのでそれならば私はこちらで行きますといわんばかりのへそ曲がりというかマンマと罠にはまった至らぬものである。

一般は1700円。。。 うん、ただ見るだけなら昨今の映画はとても高い。でも、これに関しては観るというよりも治療のためのような感性が少しばかりあったのだろうか、それならば安いものである。                              これは大切な判断だった。

その前日はなぜか脳裏にひどくこびりつくようなクサクサとしたものがあり、それの処置にほとほと困っていた。 まったく。。。                       こういったときに映画なんてものは、とてもよい処方箋であった。

結果、よい治療薬になったようだ。 途中、観ていて胃がキリキリとしてくるようなこともあったけれども、 マーシャルアンプとの出会い、絶好調、度胆をぬくクリームのライブでの奏でが今も私に沈着している。。。                      また、彼以外の登場人物も凄すぎるのにちっともUNフラージュされない。。。。

見つけるものがわからないのに見つけようとするには辛いものだ、見つけてしまってからは光線のように放って、あとは残像だけが頼りになるばかりの人生はひとつ山を越えたものにしかわからない次の風景の予兆だったのだ。 あそこに行くにはまた谷を越えなければならない。そう、いっそ思い切って飛んでいくかそれとも谷に転がって落ちて行くか。どちらを選択しても、おもうにも翼をもたない人間は、必ず日があたらない苔むした、やもすると滑って転びそうなジメジメした川べりを歩くのが定めだというにはあまりにもシンプルな辛苦である。                                けれども、もしも諦めなったのならば思いもよらぬ別ステージにいつの間にか立っている、いや立たずにはいられなくなっている自分がすでに谷の道で形成されていようだった。

 

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雑誌の裏の超小型ラジオ

なんの雑誌だったのだろうか?                                         小学生の頃だったと思う、雑誌の一番最後、裏側に必ず、通信販売の掲載があってそこには、ゴリラのマスクやら模造刀とかなんやら怪しい商品の掲載が必ずあった。           その中に”超小”と名のつく商品などもあって、それらが私を刺激した。                       超小型スパイカメラ、電池不要超小型ラジオ、超小型トランジスタラジオ。。。                  うん、この超小型と名のつく三大名器?を私は持っていた。                         購入方法は、商品の番号などを記載し、金額と同額の切手を封筒に入れて郵送するのだ。

カメラは白黒、フィルムも専用のものが附属していてカメラ本体は8cm×5cm程度、フィルムに至っては大人の指の第一関節くらいしかないような小さなものだった。             現像するには、普通のカメラ屋さんでは相手にしてくれず、街の特殊なお店(なんと現像してくれるおじいさんの店があった)に持っていかねばならないのだが、なんだか怖くて?撮りまくったフィルムを現像するまでに至らなかった。。。。

電池不要ラジオは、これは不思議な商品で、黒電話のダイヤルの指ストッパーに当たる金属の部分にコードのついたワニ口クリップを挟み、アンテナの長さを調整すると、なんとイヤホンからホントにラジオを聴くことができるのだ!、ホントに電池不要。でもどこの局かわからない、とにかく電話からなんらかの電気?を拾ってラジオ放送を取得する不思議な商品だった。何ラジオぅて言ったけな~?忘れてしまった。             中を開けてみるとアンテナ部はコイルになっており、いくつかのダイオード等があるだけでとてもシンプルな造りであった。イヤホンが特殊だったと記憶している。        あ!、えっと、ゲルマニュウムラジオって言ったけ。。。 何か雑誌の付録とかキャンぺーンとかに超小型ラジオが当たる!とかもらえる、とかあると大抵、この類の商品だった。

超小型トランジスタラジオ、これが一番のお気に入りで3cm×5cmくらいしかないホントに小さなラジオで小さいなボタン電池2個で聴くことができ、しかも先ほどの電池不要ラジオのように電話機につながなくてもよい、ちゃんとしたラジオだった。        ホームランバーが10円だった頃に1500円も出して購入した大切な宝物であった。

そんな大切なオモチャ、どれもこれも実用的性とかそんなんじゃない、とにかくオモチャなのである。オモチャの末路はあっけなく終わる。。それら大切なオモチャもいつか箱に入れたまま、あれだけ集めた仮面ライダーカードと一緒にゴミに出してしまったのか、だれかにやったのかさえ、覚えていない。。。。ただ、今も”小型”とか名のつくものに私は興味を抱く。                                  そう、きっと自分という人間が小さいからだろう、小さい物が好きなのだ。      小さいものは材料が少なくて済むし、場所にも困らない、人に迷惑をかけるものは少ない。。                                     今では、ちょっと前提がついて小さいけど”ちゃんとしたもの”を集めている。いつか小さいけどちゃんとしたモノだらけの世界に埋もれてみようかと画策している。たぶん、そう思っているのは私だけではないとは思う。

さ、また年がいこうとしてますね。来年、良い年でありますように。

 

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ボヘミアンうんぬん

上映前から、あ、この映画なら見に行きたいと、常々思っていた。                       ところが、いつものごとく期を逃してしまった。                                そんな中、さきほどTVでこの映画がなかなか評判で彼らを知らない若い世代まで虜にしているようなことを見てしまった。                         そしたら急にこの映画を見に行きたくなくなった。。。                        見たくない訳ではない、今更、という感になってしまう。                       はぁ、我慢するか。                                            また、盛り上がりが過ぎて皆が忘れかけた頃に観ることにしよう。

We are the ~ は、全世界サラリーマン共通の”チャンピョン”だ、なる的なノリがウケるようでアメリカ、ドイツ、イギリスどのお客様にも酒が少々まわってきたときカラオケで歌うとカラオケに疎い海外の方々でも大抵はあの有名なさびの部分で盛り上がる。     もちろん、日本でも同じだ。

そう、だからこそ、抵抗がある、素直に受け入れられない自分はなんとへそまがりだろうか。

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それぞれだけど

ミニ、カルマンを所有していた頃は、毎週のように洗車していたような記憶がある。       愛車に手を触れ、水滴やらホコリやらを払い、顔が映るくらいにしておく、いや、しておくというよりそうにしないと気が済まないのだ。                   でも、今はそうはしない、したくない。    最近の車は塗装もよくなったのかコーティング技術が向上したのかそんなに洗車三昧しなくても綺麗な車が多い。         キレイな車はもちろんいいのだけれど、あまりキレイにしているクルマを見るとちょっと眉をしかめてしまう自分が最近はいる。。 なんだろう。昨今の神経質な事象を反映しているようで見ていたなにかセカセカしているようで落ち着かないのだ。           あんなにキレイな車にちょっとでもキズがついたら大変な騒ぎになるのだろうなと、思ったりするととても恐ろしい。 そんな人にはなりたくない。と思ってしまうのかも。

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ウヰスキー祭り

毎年2月に秩父にてウイスキー祭りがある。                               もやは周知、有名となってしまったイチローズモルトのお膝元。                   一昨年だろうか、高崎のあるBarでひとり佇んでいたら、マスターが教えてくれた。              秩父でウイスキーの祭りがあるよ、2000円で飲み放題!専用のテイスティンググラスもくれるのさ。                                   そ、そんな楽しいイベントが開催されていたのか!。。。。                                    どんな話の運びでそうなったのか記憶は定かではないが、翌日、そそくさとパソコンで申込みをしている自分がいた。                             そのときはまだ、当日券なるものも存在していたけれど、どうにしたって行くしかないと思い前売り券を購入し、2月になって秩父へ向かったのであった。

行ってみると、とんでもない人だかりだった。ウイスキー祭りとあって、老若男女なんとなく夜の装いの人たちが多い。しかしながらそういった人たちが昼間っから群れるとなんか異様な雰囲気とも、頓珍漢ともいえる、かくいう私もその中の一人であるけれど。。。。                                    都内のラッシュのような会場で様々な人とすれ違う、まるで何かに取りつかれた様にウイスキーを何種類も目の色を変えて口に運ぶ人、小さなプラスチックコップを入れる専用の箱を用意して、何十種類ものウイスキーをまるで実験室にならぶ試験管のように何かの試薬サンプルごとき大事そうに抱えている人、会場で抽選されるイチローズウイスキーの当選に喜ぶ人、がっかりする人。                              当の本人は、そんな人たちの人間観察の方が気になってウイスキーの味など全然伝わってこない。第一、会場は暑い、昼間だし。。。。。                      そんなウイスキー祭りが来年も開催される予定だ、2019年はどうだろうかと検索してみたが、去年よりさらに値段がUPして人数制限をしている。うん、賢明な処置だろう。     こいうイベントを開催する方々の苦労は大変なことだと思う。               もう、秩父のウイスキーはベンチャーと言うには有名になりすぎた感があるし、私一人行かなくてもなんのことはないのでもう、この冬、凍えた心と体を癒すようにあの狭いカウンターに腰掛けることがあったのなら、マスターとおしゃべりしてみるのもいいだろう。

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後部座席の憂欝

両親は自営業をしていた。

自営業と言ってもお客さんを待つような仕事ではなく、貨物ナンバーの車に工具をぎっしり積み込んで遠く出かけていくのだった。雪深い山まで行くことが多々あったと思う。                     今思えばどういう加減だろうか、そんな場所に行くのに小学校以前までその車の後部座席に横になって小さく丸まっていた。                                    暖かく、気持ちの良い時間の記憶はなく、寒く、暗い冬のさなかそこにいた記憶ばかりがある。とても、長く、長く、寂しい記憶があるばかりだ。                 とくに峠道は寂しい。 行きの明るい峠道は気にならないけど、帰りの暗い峠道はとても寂しく、心細い、 目の前に父と母がいるのに。                    峠道から時折、街の明かりや、どこか知らない山の斜面にポツンと光る家の明かりらしきものが見え隠れする。  その明かりを遠くみるその瞬間になにかほっとしたような安心するようなささやきがみえるときがある。 峠の暗い、街灯もないような道を走っているとそういった無責任な光でもわずかに心を癒してくれたような気がする。 あ、今、存在しているんだ、そして、我慢をすればあの光の中に自分も入りこむことができると憂欝をかき消すように望めたと思う。   電球のやわらかな光、暖かいストーヴの熱とやかんからでる蒸気と、今となっては珍しい赤い色のコタツから発する熱がなんて恋しいのだろうか。 当時はそこまで思うことはなかったにせよ、それらに包まれること願っていたに違いない。

今でも、夜の峠道は寂しく哀しい思いがよぎる。 今度は自分が運転席にいながらも。

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